【小室哲哉こう言う録】宇都宮に木根に「感謝」“小室ファミリー”秘話語る

スポーツ報知 【小室哲哉こう言う録】宇都宮に木根に「感謝」“小室ファミリー”秘話語る

音楽プロデューサーの小室哲哉(55)が率いる3人組バンド「TM NETWORK」が今年4月にデビュー30周年を迎えた。小室にとっては「TM―」は原点。ボーカル・宇都宮隆(56)、ギター・木根尚登(56)には感謝の言葉しかないという。また、自身がプロデュースし90年代にブームを巻き起こした歌手の安室奈美恵(36)、華原朋美(39)、ダウンタウン浜田雅功(51)ら“小室ファミリー”との秘話も語った。(小島 和之)

 今年4月21日、1984年に「TM NETWORK」がシングル「金曜日のライオン(Take it to the Lucky)」でデビューしてから30年がたった。

 「とても長く感じました。良いこと悪いこと、あらゆること全てが凝縮されていますけど、仮に音楽をやっていなかったらもうちょっと短く感じたかもしれないな、とも思います。運良く30年前に自分の曲を世の中に送ることができていなかったら、あっという間で平坦(へいたん)、平凡な日々だったのかもしれないですね」

 「TM―」の30年間は新たなアイデアへの挑戦の連続だった。その中で30周年を迎えられたのは、ボーカル・宇都宮とギター・木根の存在が大きかったという。

 「基本的に僕のわがままというか、好きなようにやらせてもらった。2人には『本当によくついてきてくれたね』と言いたい。94年に東京ドームで2日間公演をやらせていただいて、そこでなんとなく終止符を打っている(『TM―』は94年から99年まで活動休止)。それなのに、また集まってくれたこと自体がすごく感謝です。『いや、もういいよ』と言われても不思議はなかった」

 数々のヒット曲を世に送り出し、一流のヒットメーカーとなった小室にとっても「TM―」は特別な居場所だ。

 「『TM NETWORK』は僕の楽曲とかコンテンツで言えば、売り上げ枚数とか一番すごい数字を持っているわけではない。だけど一番の源であることは間違いないし、大切にしなきゃいけないな、とより一層思っています。いろいろなことを体験させてもらえる仲間に出会えたことが大きかったし、まさに僕の原点ですね」

 メンバー変更もなく活動を続けてこられたのは、それぞれの役割をしっかりと果たし続けてきたことが大きいという。

 「当然、表のスポットライトを浴びなきゃいけないのは宇都宮君。特に僕らがデビューした80年代はヒット曲が確実に必要で、そうじゃないとステージすらできない時代だった。テレビの音楽番組も今の何十倍も数があって、その重圧をほぼ1人で引き受けていたのは彼だったと思う。そういう矢面に立たなきゃいけないポジションを、黙々とやってくれた」

 一方、木根はそれまで存在しなかった、グループとしての在り方を気付かせてくれた存在だった。

 「木根君の場合、例えば彼が演奏をやめたとしても音が止まるわけではない。でも、いないと『TM NETWORK』にならないという存在でした。彼には楽器からパントマイム、竹馬に乗ってもらったり、お芝居などさまざまなことをやってもらいました。音楽に関しては必然じゃないんだけど、一つのアイコンになるためには欠かせないピースというか、『3人いて初めてグループが完成する』ということをし始めた頃の一人だと思う」

 94年、「TM―」を活動休止すると、小室はプロデューサーとして“小室ブーム”を作り上げるなど、数々のアーティストをヒットへと導いた。その中でも強く印象に残っているのは「globe」。95年に結成し、自身もメンバーとして参加し、妻のKEIKO(41)がボーカルを務める。

 「やはりKEIKOの存在は特別です。女性ボーカルという既成概念を壊してくれた人でもあると思いますし、音楽家としてすごく僕を敬ってくれました。その後は家族となって僕を支えてくれたし、今は病気(11年10月に都内の自宅で倒れ、クモ膜下出血と診断。現在も療養中)と闘っている。プロデュースした歌手の中の一人ではありますが、例外ですね」

 安室奈美恵の持つ独特の雰囲気も強く印象に残っているという。

 「悪い子という意味ではなくて、不良性というか、社会というものに関してどこか反抗心を持っていた。だから『特別なものにしてあげなきゃいけない』『特殊な例にしてあげなきゃいけない』と最初に会った時に思いました。例えば髪形とか服装とかプロデューサーとして指示をする時には、本人は口では言わないけど『これは絶対に嫌だ』というのが空気で分かる人だった」

 その存在感は小室がプロデュースに携わる前から目立っていたという。

 「自分がプロデュースすると考えてもいない時から、テレビに映る彼女を見て『すごい負けん気が強いんだろうな』と思っていた。笑顔がないというわけじゃないけど、楽しく和気あいあいというよりも1人でぽつんといる感じ。そういう意味では、歌詞の言葉選びなどにしても“孤独を隠している女性”というイメージが作りやすかった」

 そのイメージを敏感に感じ取って、「SWEET 19 BLUES」<欧E />(96年)、「CAN YOU CELEBRATE?」(97年)など数々の名曲が生まれた。

 「彼女(安室)は一般の人生経験もないまま15歳でデビューしていて、歌詞の意味も18歳、19歳にしたら格段に難しい曲だったはず。『どうやればいいのか』と大変だったと思います。でも、もしかしたら今になって『あの頃はそういうことをやっていたんだ』というのが、なんとなく分かってくれているかもしれないですね」

 安室と並んで「I’m proud」などのヒット曲で小室ブームをけん引したのが華原朋美。彼女からも負けん気の強さを感じ取っていたという。

 「初めて会った時から『誰にも負けたくない』という気持ちをすごく持っていたと思いますし、歌のレッスンも受けていないのに歌唱力はありました。彼女もキャラクターはイメージしやすかった。東京という雑多なものが多くて昼も夜もないところに生息している、負けん気が強い女性という感じでしたね」

 華原は12年末に約5年半ぶりに歌手活動を再開。昨年末にフジテレビ系「2013FNS歌謡祭」で約15年ぶりに共演を果たした。

 「彼女に提供した楽曲はかなり精神的にも肉体的にも力を注いだものが多かった。それを大切にして歌ってくれる今の姿勢はとてもうれしいし、『良かったな』という気持ちしかない。いまは歌を楽しく歌っていらっしゃるので、やっと居場所を見つけられたのかなと思いますね」

 プロデュースしたアーティストと思い出話をすることはほとんどない。だが自身が制作した楽曲の存在が、アーティストたちとのつながりを実感させてくれるという。

 「『なんでこんな曲を歌わなきゃいけないのか』と思っていたら、現在まで歌い続けてくれないと思う。全曲とは言いませんが、何曲かは『この曲はやっておいて良かったな』と思ってくれていると信じています。安室さんはベストアルバムで歌い直してくれたりしていますし、自分がやってきた足跡として感じてくれているのかなと思います」

 お笑いコンビ「ダウンタウン」の浜田雅功とは、テレビ番組での共演をきっかけに「H Jungle with t」を結成。95年には「WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント」が200万枚以上の大ヒット。以後、約20年近くにわたって親交がある。

 「多分あの時期は彼ら(ダウンタウン)の中で、歌やドラマなどいろんなことをやってみようという時期だったんだと思う。でも正直に言えば、僕はアルバムを1枚完成させて終わりたかったんです。せっかく3曲作ったので、ストーリー的にアルバムとして一つの物語をね」

 しかし、そのアルバムは作られなかった。

 「奇跡的に最大級の良い作品ができた。だから『それを超えられるものは難しいんじゃないの』とお互いが感じたんだと思う。その後にお互いすごく忙しくなって、時間が作れなくなってしまったんだけど、あれだけの曲の広がりを超えるのは難しいし、浜ちゃんはきっと『俺はいいよ、もう』って思っているんじゃないかな(笑い)」


2014/08/10 | 15:09
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